火車 宮部みゆき 新しいページはコチラ

提供: yonewiki
移動: 案内, 検索
(続き)
(続き)
97行: 97行:
  
  
 「あんたも、もう疲れただろ?ずっとずっと隠れては逃げてばかりの人生。心の休まる事のない日々。こんなこと、本当はもうやめにしたい。そうじゃないのか?でも、次に他人を火の車に乗せたら、あんたはもう地獄行きの切符を手にするだけだ。気づいてるんじゃないのか?やり直す最後のチャンスだ。あんた今そう言うとこにいるんだぞ。」
+
 「あんたも、もう疲れただろ?ずっとずっと隠れては逃げてばかりの人生。心の休まる事のない日々。こんなこと、本当はもうやめにしたい。そうじゃないのか?でも、次に他人を火の車に乗せたら、あんたはもう地獄行きの切符を手にするだけだ。気づいてるんじゃないのか?やり直す最後のチャンスだ。あんた今そういうとこにいるんだぞ。」
  
  
104行: 104行:
  
 
 喬子は低くなったフロアから上の方にある外の世界を眺めるようにして黙り込んでいた。いろいろ考えているように見えた。何故、自分は外を行き交う人々のようになれなかったのか。一大決心をしてまで事を起こし、それでも彼らのようになれなかったのか。どこで失敗したのか。遡っていくと、生まれたところまで遡れた。
 
 喬子は低くなったフロアから上の方にある外の世界を眺めるようにして黙り込んでいた。いろいろ考えているように見えた。何故、自分は外を行き交う人々のようになれなかったのか。一大決心をしてまで事を起こし、それでも彼らのようになれなかったのか。どこで失敗したのか。遡っていくと、生まれたところまで遡れた。
 +
 +
 +
 幸せになりたかっただけ
 +
 +
 +
 そう、それだけだ。ここまで大きく膨れ上がった負債はただそれだけの思いで、こうなった。多重債務者と同じ様なものだった。最初はデータの盗難から始まった。思いのほか、簡単だった。上手いこといってるうちは、事の重大さ、最期に何がまっているか想像も出来ない。
 +
 +
 +
 保が言う
 +
 +
 +
「しぃちゃん、関根彰子になろうとしたなら分かるはずだ。十姉妹の墓に一緒に眠りたいと言った気持ち感じてきたんだろ。そこで見た景色。君は忘れないはずだ。彼女の記憶。確かめたんだから。」
 +
 +
 +
 喬子は捻り潰された様な思いだった。そんな些細な事までこの人は知っているのか。何故そこまで知っているのだ。私が失踪してからの数日で私の一生分の全てを洗いざらい知っているのかと思うと背筋が凍り付いた。
 +
 +
 +
「あなた刑事なの?」
 +
 +
 +
「いや違うよ。俺達は警察として来てるんじゃない。関口彰子の知人として来ている。」
 +
 +
 +
「そうなんだ。関口さんの」
 +
 +
 +
喬子は安堵した。まだ警察にはバレていないのだと。新城喬子は警察からは追われていない。かもしれない。だが彼は知人としてと言っている。本来は違う立場も持っているという事か。まさか関口彰子が自己破産しているとは思いもよらないことだった。喬子自身が一番嫌な過去だ。借金を踏み倒すような人間の身分なんて嫌よ。そう思うとすぐさま次の人間に目星を付けたのだった。可笑しな話だ。殺人をする様な人間はもっと嫌だったはずなのに。
 +
 +
 +
 一度、新城の名前を捨ててからそいつは私じゃないと思える様になっていた。だから私は殺人を犯すことに抵抗の無い新城に戻って此処に来た。
 +
 +
 +
 喬子は彰子名乗っている時は不思議と優しい気持ちに慣れた。派手な職業ではあったが人柄の良さに包まれて生きる事が出来た。それがまさか自己破産しているとは、あの日以来、関口としての視点を捨てていた。
 +
 +
 +
「関口さんには申し訳ない事をしました。」
 +
 +
 +
そう口にしていた。もっと早くに自己破産の事を知っていたら殺す必要も無かったそんな思いだ。ふざけている思考だ。
 +
  
  

2021年11月1日 (月) 00:00時点における版



個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ツールボックス