火車 宮部みゆき 新しいページはコチラ

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「あなた誰?」
 
「あなた誰?」
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 喬子は平静を装う最後の言葉になりかけていた。椅子をひいて立ち上がれる体勢を整える。
 
 喬子は平静を装う最後の言葉になりかけていた。椅子をひいて立ち上がれる体勢を整える。
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 このとき喬子は、いつでも立ち上がれる姿勢から緊張が解けた。椅子に深く腰がおりていく。逃げる事は出来ない。話を聞いて、目の前の男とその仲間にわからせないと解放されないのだと思った。目の前の男がどこまで知っているのか不安な気持ちになった。
 
 このとき喬子は、いつでも立ち上がれる姿勢から緊張が解けた。椅子に深く腰がおりていく。逃げる事は出来ない。話を聞いて、目の前の男とその仲間にわからせないと解放されないのだと思った。目の前の男がどこまで知っているのか不安な気持ちになった。
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 喬子がこの男から視線を逸らすと木村こずえは血の気が引いたような顔で呆然としていた。
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 唖然とした木村こずえが視線を変えるとこずえを眺めていた喬子と目が合った。
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 「木村さん。知っている人なの?」
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 自分の立ち位置を確かめたい喬子は確かめた。だが、こずえが口を開く前に保が口をきる。
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 「そうだ。俺たちが頼んだんだ。此処であんたに話を聞くためにお願いしたんだ。」
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 「そっか」
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自分の立ち位置を把握した喬子は脱力し、椅子の背もたれに身体を預けた。もう駄目だ。全てが終わる。私の命はもう無い。そういう事なんだと、そこまで喬子は思い直していた。だが、その意表をつくるような言葉が保から投げかけられる。
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 「あんたも、もう疲れただろ?ずっとずっと隠れては逃げてばかりの人生。心の休まる事のない日々。こんなこと、本当はもうやめにしたい。そうじゃないのか?でも、次に他人を火の車に乗せたら、あんたはもう地獄行きの切符を手にするだけだ。気づいてるんじゃないのか?やり直す最後のチャンスだ。あんた今そう言うとこにいるんだぞ。」
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 彼らのテーブル近づきかけていた碇は近くのテーブル席に腰を下ろした。彼らから5メートルくらい離れた場所だ。ウェイトレスは席を移動したのかと感じたらしく水を持ってきたり、注文を受けに行くことはなかった。碇が注文した飲み物が遠くのテーブルに置きっぱなしになっていることが気がかりになっている様子に見えた。彼らが碇の動きに気を止める様子は無かった。
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 喬子は低くなったフロアから上の方にある外の世界を眺めるようにして黙り込んでいた。いろいろ考えているように見えた。何故、自分は外を行き交う人々のようになれなかったのか。一大決心をしてまで事を起こし、それでも彼らのようになれなかったのか。どこで失敗したのか。遡っていくと、生まれたところまで遡れた。
  
  

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